読みもの
教員インタビュー 山内香奈先生
2023.03.04
―まず,自己紹介をお願いします。
山内先生:山内香奈です。現在(2021年8月)は,文芸学部マスコミュニケーション学科で「リスクコミュニケーション論」などの授業を担当しています。成城大学には今年の4月に着任しました。
―これまでの経歴をお伺いします。
山内先生:大学院博士課程を修了し,大学に職を得て2年間勤めた後,今年3月まで公益財団法人鉄道総合技術研究所1というところで研究員をしていました。
―どのような研究をされてきましたか。
山内先生:大学院の修士と博士課程では,心理測定・評価と呼ばれる領域を専門にしていました。例えば,フィギアスケートの採点のように,複数の評価者が複数の観点からパフォーマンスを評価する場合がありますよね。そのような評価の信頼性2や妥当性3を高めるための統計的手法と評価に混入する偏り(バイアス)について研究していました。
研究所では,鉄道の現場で働く運転手や作業員の方の各種能力や資質の測定,教育訓練プログラムの開発,また,鉄道利用者の心理について研究してきました。その中でも長く携わってきたのは,人の意識や行動を変化させるためのコミュニケーションや情報環境をどのように作るかということです。身近なところで言えば,駆け込み乗車を減らすために,駅で流れる発車メロディーの長さや曲調の違いを変化させ,電車に駆け込む人の数を調べたりしました。
博士論文にまとめた研究では,駅係員などの従業員にみられる慣習的な仕事のやり方(行動)のうち,時代とともに不適切になる行動があるのですが,それらの行動を罰則などの強い強制力を用いずにより望ましい新たな行動へと変えるための従業員向けの教育訓練手法を考え,それを実践して効果を測るということをしました。ある集団において良いとされてきた行動を,罰則などを用いずに新たな行動に変えるというのは,簡単そうで実はとても難しい場合があります。そのため,社会心理学では非常に古くから研究されてきました。例えば,米国では昔,内臓を食べる習慣はなかったのですが,戦争で食料不足になり,内臓を使った料理を一般家庭に普及させるために,主婦にどのように説得するのが効果的かといったことが研究されました。それらはグループダイナミックス,説得的コミュニケーション,態度変容と呼ばれる研究領域で行われてきましたが,博士論文もそのような研究の流れを汲むものです。
―心理学に興味を持ち始めたのはいつ頃ですか?
山内先生:高校3年生のときに大学の進路を考えたときだったと思います。恥ずかしながら,最初はとても漠然としていて,人の心についての学問って面白そうだな,カウンセリングって何だかかっこ良さそうだなというとてもふわっとしたイメージで選んだと思います。今思えば,当時,心理学の人気が高かったのも影響していた気がします。ただ,実際に大学で心理学の授業を受けるようになると,わりとすぐに自分には臨床系の心理学は合っていないことに気づきました。それでどうしようかと悩んだ末,計量心理学の先生のもとで卒論を書くことにしました。卒論は,当時流行っていた小説の文体などの特徴を統計的に分析するというものでした。自分が読んでなんとなく感じていた作家や作品ごとの文体の違いを,統計的な視点から調べることで新たに見えてくることがあり,そこに面白さを感じました。一方で心理学では,統計ソフトを使ったデータ分析をする機会が多いのですが,統計ソフトの内部でやっていることや,出てきた結果の証拠力の強さがわからないことに気持ち悪さを感じるようになりました。それで心理統計や心理学の実証研究の方法論にも興味をもつようになりました。
そうした学生時代の体験もあり,統計の授業では,単に統計ソフトの使い方を学ぶだけの時間にして欲しくないなと思っています。統計ソフトが行っている計算の大枠を掴むことや,分析の前提となる条件についても考えてもらえるように心がけています。
―大学生のうちにやっておくと将来困らないことはありますか?
山内先生:今,データサイエンスが重要だと言われていますが,その通りだと思います。統計というと苦手意識を持つ人も多いかもしれませんが,それで学ぶチャンスを逃してしまうのは勿体ない気がします。というのも,自分でデータをとったり,自分なりに分析したり,表現したり,他の人が分析したものを適切に読み解いたりする力は,私たちの日々の生活の中で,そして皆さんが将来,仕事をする中でとても役に立つと思うからです。文系の学問を志すにしても,今は文理融合でいろいろな角度からアプローチすることで学問が発展していきます。例えば,歴史学にしても,考古的な資料を統計的な分析で調べるということもありますよね。自分が使える道具を増やすと,みえてくる景色も広がり,楽しいと思います。
―これからやりたいと思っている研究はありますか?
山内先生:いくつかありますが一つは,人々に気づかれにくい偏見(アンコンシャスバイアス)や差別について,特にジェンダーに関わるものに取り組んでみたいと思っています。これまで長く働いてきた鉄道の世界は男性社会でした。少しずつ女性は増えてはきていますが,指導的な立場を担う女性リーダーはまだとても少ないです。そこには見えない壁が立ちはだかっていますが,そうした壁の存在は男性にはなかなかみえにくいものです。もっというと,女性にもその壁の正体は明確になっていないと思います。社会心理学では,偏見や差別,バイアスの研究がこれまで数多くなされてきました。しかし,女性リーダーが経験する無意識的な偏見や差別,それによる心理的・身体的な消耗について,日本での実証的な研究は多いとは言えません。
今行っている研究は女性の怒りや誇りの表現についての研究です。歴史的に見ると感情は社会的に作られており,おんなこどもは特定の感情を持つことが許されなかった時代もありました。今は違うとはいえ,「女性は感情的だ」という言説や,「女性はニコニコしていればよい」という風潮はまだ根強くあります。そういう社会通念や社会規範がバックにあると女性がリーダーシップを発揮する上で不利になる場合があります。そういう目に見えないブレーキについて,実証的に研究したいと思っています。そして,女性が気負わずに職場で重要な意思決定の場に関われる時代がくるように,研究面から少しでも貢献できたらいいなと思います。
―社会通念という言葉が出てきましたが,それらは疑ったほうが良いのでしょうか?
山内先生:社会通念というのは社会によってつくられるわけで,そのため時と共に移り変わったり,ひとによって見方が異なったり,文化によっても左右されたりします。例えば,18世紀のフランスにソフィー・ジェルマン4という,フェルマーの最終定理の証明に大きく貢献した女性がいます。彼女は数学だけでなく,当時,学問として芽吹いたばかりの心理学にも興味を持っていたようで,関心を持ったのですが,そんな彼女が生きた時代は,女性が高等教育機関で学ぶことは許されない社会風潮がありました。そのような時代ですから,女性という理由で,数学者のコミュニティーからまともに受け入れてもらえず,数学の高い能力を持ちながらも男性と同じようにはその才能を発揮することが困難でした。今でこそ女性も高等教育を受ける機会はありますが,当時はとんでもないということだったわけです。そのように考えると,今の時代の社会通念も,未来の人からみればナンセンスに感じられることもあるはずです。人がもつ潜在的な力をどこまで発揮できるのかということは,その人のいる社会や文化に依る部分が大きいため,今の時代の社会通念を絶対視し,思考停止してしまうのは,人々の幸せや社会の発展にとって望ましいことではありません。
―思考停止しないようにするにはどうすればよいのでしょうか?
山内先生:ものごとをいつもみている方向からだけでなく,敢えて全く違った方向から眺めてみる「思考の遊び」をすることがお薦めです。しかし,そのような「思考の遊び」をするのは意外と難しく,「こころの柔軟性」が必要になります。そのため,自分の講義や演習では,「こころの柔軟性」を高めるために,人間のこころの特徴について学び,何が思考やものごとの捉え方のストッパーになっているのか,どんなクセがあるのか,といったことを理解してもらいます。その上で,教員との対話,学生同士の対話,そして簡単なゲームを通して実際に考えてもらい,視野を広げる体験をしてもらっています。もしそのような授業に興味があれば,是非,覗いてみてください。
―楽しいお話をありがとうございました!