読みもの

TEACH IN MOVIES 第1回 『天気の子』前編 

2020.05.15

「TEACH-IN MOVIES」へようこそ。

突然ですが、あなたはティーチインという言葉を聞いたことはありますか?
試写会で行われる、一般の観客と映画関係者が質疑応答をすることを指すこの言葉ですが、本来の意味は少し違います。


ティーチイン【teach-in】

学内討論会。政治・社会問題について学生と教師が研究・討議する集まり。また、一般に討論集会。

(三省堂・大辞林第三版より)

本当の意味は学生と教師が研究について討論する集会のこと。

このように、現代には、その言葉の持つ本来の意味とは異なった使われ方をしている言葉がたくさんあります。私たちの進歩とともに言葉も変わっていくべきだという意見もありますが、元々の意味だってきっと大切なものだったはず。

今では学内討論会なんて夢のまた夢。みんなそれぞれの活動に夢中で、すぐそばにいる知識人には目もくれません。でも、それが興味のあることだったら? 話題の映画についてだったら? 聞いてみたくはありませんか?

そこで始まったのが、学生と教師が討論するという本来の意味を損なわずに、現在使われてる意味と掛け合わせてしまおうというこのコーナー。

名付けて「TEACH-IN MOVIES」。

今回のテーマは『天気の子』(2019)。
新海誠監督最新作。前作『君の名は。』(2016年)に続き、観客動員数1000万人を超え、興行収入も130億円を突破した。邦画・洋画含めて本年度公開映画No.1のこの作品。

今回は映画に関係する要素を持つ以下の4名のゲストに集まっていただきました。

◆教員ゲスト

新倉貴仁准教授

マスコミュニケーション学科所属。マスコミュニケーション史を担当し、社会学、メディア論を専攻。日本映画を中心に年間400本以上観ていた時期もあるが、最近は育児のためほとんど観れず、『天気の子』は久々の映画だったという。

◆学生ゲスト

国沢さん:「オカルトとメディア」について研究するマスコミ学科4年生

後藤さん:「映画はスクリーンで観るべき!」映画館好きマスコミ学科3年生

種石さん:新海誠作品をこよなく愛するマスコミ学科3年生

この映画を心から楽しめたという人も、あるいは全然楽しめなかったという人も、ゲストたちの話を聞くことで新たな面白さを発見したり、自分の抱いた感想の正体を知ることができるかもしれません。

※本文中では『天気の子』のほか、一部『君の名は。』と『シン・ゴジラ』(2016年)についてのネタバレがあります。

それでは、まずは「『天気の子』(前編)」ティーチイン‼

Chapter:0――イントロダクション

◆『天気の子』あらすじ

「あの光の中に、行ってみたかった」

高1の夏。離島から家出し、東京にやってきた帆高。しかし生活はすぐに困窮し、孤独な日々の果てにようやく見つけた仕事は、怪しげなオカルト雑誌のライター業だった。

彼のこれからを示唆するかのように、連日降り続ける雨。そんな中、雑踏ひしめく都会の片隅で、帆高は一人の少女に出会う。

ある事情を抱え、弟とふたりで明るくたくましく暮らすその少女・陽菜。

彼女には、不思議な能力があった。

(公式サイトより)

◆本記事に登場する主なキャラクター

Chapter.1――災害と僕たちは

後藤:「TEACH-IN」ということで、まずは新倉先生、映画をご覧になっていかがでしたか?

新倉:『君の名は。』から物語の構造自体はそこまで変わってないですよね。ボーイミーツガールで、女の子はちょっと巫女っぽい感じで異世界に通じる何かのキーパーソン。その女の子を通じて別の世界に行って戻ってきて……。『君の名は。』と違うのは、今回は世界救われませんでしたねっていうところ。それでいいんかい君らは、っていうのは聞きたいですけど、どうなんですかね?

後藤:賛否が分かれそうな映画ではありますよね。

種石:『君の名は。』が世界も彼女も救えるみんなが納得するようなハッピーエンドだったので、世間が『君の名は。』に求めていたようなカタルシスを期待して『天気の子』を観たらきっとすごい批判を受けるだろうなって私は思いました。

新倉:結局批判は受けてたんですか?

後藤:賛否は分かれてますね。新海さん自身が映画パンフレットで「『君の名は。』に怒った人が、もっと怒ってしまうような映画。それが今作の最初のイメージだったかもしれません(笑)。」と仰っていて。『君の名は。』では、災害を無かったことにして救済するような物語構成への批判がありましたけど、今回はむしろ、彼女さえ救えたら災害なんてどうでもいいというような物語であると思うので、また違う方向で批判を受けそうではありますよね。

種石:私は過去作を何本か見てるんですけど、やっぱり『君の名は。』と『天気の子』は異質だなと。異世界系というところでは共通してるんですけど、災害絡めてるのはこのふたつしかないので、やっぱり東日本大震災を意識して描かれてるんですかね?

新倉:うん、基本そうだと思いますね。『君の名は。』は同年に『シン・ゴジラ』も話題になったじゃない。あれは震災はもちろん、ゴジラ自体が原発を想起させるようなもの1ですから。でも最後には上手く倒せるじゃないですか。狙ったとおりゴジラが動いてくれて、アメリカと協力してちゃんと倒せる。それは原発が想定通りに収束するということの代替であるように読めちゃいますよね。だから「上手くいきましたね」が『シン・ゴジラ』だし、『君の名は。』のほうも「隕石は落ちたけど誰も死にませんでしたね」というところで、「ああ大丈夫だ」っていう震災に対する救済のお話なんだと思いますよね。「大丈夫だ」っていう点でいうと、『天気の子』の最後に「僕たちは大丈夫だ」っていうセリフがあるじゃないですか。あれは結構象徴的だなあという気がしていて、ああ大丈夫なのか……と。

後藤:僕はちょっと無責任じゃないかなって思いました。

新倉:そこが多分仕掛けになっていて、本当に彼らに責任があったのかっていうね。

種石:というと?

新倉:須賀(圭介)さんがさ、主人公たちから一歩引いた位置から見てる人物で「そんなのお前らの思い込みだよ」っていう結構冷めた言葉を浴びせるじゃないですか。それはあの物語の理解の仕方のひとつとしてありだなと。いくらあの女の子のお陰で晴れたんだっていっても、いやお前らそれ無茶苦茶妄想だろっていう話でもありうるわけですよね。もし妄想だとしたらそこに責任は発生してないから、責任を負う必要はないじゃないですか。だからそういう解釈もありうるよなとは思います。

私は自分が雨男だということをここ数年間ずっとネタにしてましたけど、お前ちょっと自意識過剰じゃねえかっていうことですよね。天気とお前の人生なんて関係ねーんだよって(笑)。

一同:(笑)。

後藤:でも、須賀さんの奥さんが晴女だったっていう裏設定はあるらしいですよね。『君の名は。』も同じような感じだったし。

種石:そうだね。『君の名は。』もおばあちゃんの世代で似たようなことが起こったけど、そのときは止めることができなくて、もう一度同じことが起こったときに今の若い世代、つまりは主人公たちがどうするのかっていうストーリー展開でしたよね。

新倉:なんか、いよいよ震災がらみですね。

種石:嫌だなあ、重く考えたくないです。結構フラットに見てましたもん。

新倉:でも、私たち自身がトラウマというか、心に何らかの傷を負ってるから、ああいう物語が響くんじゃないかなっていう気はちょっとしますね。

▲マスコミュニケーション学科 新倉貴仁先生

Chapter.2――新海誠と大学生

種石:私はふたりを10代のころの自分と重ねてしまってすごく泣いたんですけど。みなさんはどうでしたか?

国沢:私は重ねなかったですね。自分と全然違うタイプの人たちだなと。まずふたりともすごくしっかりしてますよね。

種石:姉弟だけで暮らししてるところとかですか?

国沢:そうですね。ヒロインの陽菜ちゃんは言うまでもないと思うんですけど。帆高だって家出して、ひとりで東京まで船で行くなんて考えられないです。

種石:確かに。考えてみたらすごいことですよね。

新倉:私はあれを見れば見るほど大学生活って何もないんだなって思いますね。新海さんが描くのって大体が高校生じゃないですか。大学生は出てきたとしても就活しかしてないし。『秒速5センチメートル』も『君の名は。』も中学、高校生活とやって大学生活はとーんと飛んですぐ就活シーンから始まる。なんでこの監督の作品では大学生活がこんなにも描かれないんだっていう……。

種石:大学生活はあんまり葛藤がないからじゃないですか?就活ぐらいじゃないですか、葛藤する時って。

新倉:葛藤してもらいたいですよ、いろいろ。

種石:すみません、のほほんと生きてて(笑)。

新倉:でも高校生活はやっぱりキラキラしてるんだろうなあと。

種石:キラキラしてる高校生活って新海監督はあんまり描かなくないですか?

新倉:キラキラしてるっていうのは一般的な意味じゃなくて、ほんとにこう、生命が輝いているような充実した生活っていう意味で。

種石:だとしたら、私は大学のほうが高校生活よりもキラキラしてる感あります。

新倉:じゃあ大丈夫ですね。

どうでしたか? 新たな面白さや自分の感想の正体は見つけられましたか?
4人の話はまだまだ続きます。ファフロツキーズ現象? 広域殺人事件? 『天気の子』から導き出すいい映画の条件とは? あなたの知らない『天気の子』を是非!

それでは、次回「『天気の子』(後編)」でまたお会いしましょう。

「『天気の子』(後編)」

  1. (ゴリラとクジラとを合わせた造語)1954年作、本多猪四郎監督の映画の題名。また、その主役の怪獣名。円谷英二特撮監督。ビキニ環礁近くに太古より眠る生物が水爆実験の放射能で巨大化し、日本を襲う。続編も次々に作られ、怪獣映画を世界的に流行させた。(岩波書店・広辞苑第六版より)